音論と形態論

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文字と發音

 このサイトで用ゐる表記と上方語の發音の概略を説明します。

母音

 a, i, u, e, o の五母音です。u は共通語より唇を突き出してはっきりめに發音します。

 長母音は aa, ii, uu, ee, oo と字を重ねて表記します。上方語は一拍の語形を嫌ふため、語幹が一拍のときしばしば母音を延長します。日常語でないものは延長せぬこともあります(çíi 血 に對して çí 知)。

子音

k s t ţ n h p m y r w
ky ş ç ny hy py my ry
g z d b
gy j by  

 おほむね共通語と同じですが、g は鼻濁音 [ŋ] にはなりません。

 シの子音 [ɕ] は s の下にセディーユのついた ş で表記します。同樣にチの子音 [tɕ] は ç, ツの子音 [ts] は ţ で表記します。

 フ hu の子音は共通語より唇での摩擦が弱く、[ɸ] といふよりは [h] に近いです。

 濁音は語頭、促音や撥音の後、乃至強調する發音では破裂音、その他の語中で通常は摩擦音になります。

綴り g z d b gy j by
破裂音 [g] [dz] [d] [b] [gʲ] [dʑ] [bʲ]
摩擦音 [ɣ] [z] [ð̠] [β] [ɣʲ] [ʑ] [βʲ]

特殊拍

 共通語と同じく、拍(mora)がリズムの單位です。一拍はおほむねカナ一文字に相當します。ただし、小書きカナを持つ拗音や外來音は二文字で一拍です。

 音節の中心となる母音を含まない拍を特殊拍といひます。傳統的にはッとンの二つで、ッは yókka 四日, tâççi タッチ の樣に子音字を重ねて表記します(直後に子音字がないときは q)。ンは n で表記します(母音および y の前では n’)。

 その他に、イ段とウ段では前後を無聲子音に挾まれたときなどに母音が脱落することがあります。上方語は共通語に比べると母音脱落が起きにくい方ですが、ほぼ常に脱落すると思はれる所では母音を綴り上も書かず、子音だけで表記します。hŷto 人, kôkaşta 轉ばせた など。これも母音がないので特殊拍です。

 アイ、オウ、アーの後半の樣に、二重母音・長母音の後部をなす拍も音節の中心でないので特殊拍です。二重母音後部のイ・ウは半子音と見なし、y, w で表記することにします。ómóroy 面白い, bâybay 賣買 など。aw, ow は實際には oo または o, iw は實際には yuu または i と發音しますが、形態論上の都合のため二重母音であるかの樣に綴ることがあります。ey は多く ee と發音されますが、二重母音になることもあります。

語音調の基礎

 文末を除くと、上方語の拍が持ちうる抑揚のパターンは三種類です。

  1. H (high) 語頭からの高い音程を維持する。
  2. R (rising) 語頭から徐々に上昇していく。
  3. F (falling) 語末に向けて下降していく。

 語(ここではおほよそ文節に相當します)の抑揚は、その語彙が持ってゐる

  1. 式:語頭の音程が高いか低いか(これを高起式、低起式と云ひます)
  2. 核:音程が下がり始めるのはどこか(これを核位置と云ひます。核は持たない語もあります。)

によって決まってゐます。

 高起式の語は高めの音程から始まり、その高さ (H) を保ったまま核位置まで續き、その次の拍から語末に向かって下降します (F)。核がないときは高いまま終はります。

 低起式の語は一番低い音程から始まって徐々に上昇し (R)、核位置で急激に上がった (H) 後、次の拍から語末に向かって下降します (F)。核がないときは語末で上がりきって終はります。

 式に搖れがあり、核だけが決まってゐる語も存在します。

 低起式の核は語の二拍目以降にあります。

 式と核の情報は單語の一部として覺える必要がありますので、このサイトでは以下の記號により單語の綴りに含めることにします。

このサイトで用ゐる抑揚記號
語頭 語中
á 高起式 á 核位置(次拍から下降區間)
à 低起式
â 高起式で語頭に核(頭高)
單語の發音練習
高起式 低起式  
káa 蚊 [HH] mèe 目 [RR]
hîi 日 [HF] hìi 火 [RR]
négi 禰宜 [HH] nègi 葱 [RR]
dóko どこ [HH] ìţu いつ [RR]
dáre 誰 [HH] nàni 何 [RR]
námi 並 [HH] sòra 空 [RR]
nâmi 波 [HF] sòto 外 [RR]
gômi ごみ [HF] nàka 中 [RR]
hókasu 捨てる [HHH] ùnagi 鰻 [RRR]
âtama 頭 [HFF] ìráçi せっかち [RHF]
íçibiru 調子に乘る [HHHH] hàmígo 仲間外れ [RHF]
gákusee 學生 [HHHH] hènjin 變人 [RRRR]
hâburaşi 齒ブラシ [HFFF] òńgaku 音樂 [RHFF]
kyôobaşi 京橋 [HFFF] kàńkuu 關西空港 [RHFF]
hóńnara それでは [HHFF] çùúgoku 中國 [RHFF]
kííroy 黄色い [HHFF] òudón うどん [RRHF]
ótóţuy 一昨日 [HHFF] kànnín ごめん [RRHF]
ómońnay 面白くない [HHHFF] hànnári 上品で華やか [RRHF]

 hóńnara, çùúgoku の樣に核位置が母音脱落でない特殊拍にも來うる點が共通語との違ひです。

句音調の基礎

 低起式で核がなく、かつ次に低起式の語が來るとき、上昇しきった前の語と一番低い音程から始まる後の語の間に急激な下降が起きます。これに似た下降は一般に發話途中の低起式の語頭すべてで起きますが、前の語末も後の語頭も R の場合は抑揚パターン表示に↓を入れて R↓R と表記し、特に注意を促すことにします。

 挨拶や一部の終助詞などは文末の音節を尻上がりにするはたらきを持ってゐます。疑問文のこともさうでないこともあります。これを記號 ¿ で表記します。¿ の前にある F は H に變はります。¿ の前にある H, R は高調の高さから更に上昇します。これを X (extra-rising) と表記します。これに對し ? は文が疑問文であることを表し、抑揚には直接は關はりません。

フレーズの發音練習
òhayaw gózaymasu. [RRRR HHHHH]
òhayáwsan¿ [RRHFHH]
kòńniçiwa¿ [RHFFH]
kòńbanwa¿ [RHFFH]
ámesan íran¿? [HHHH HHX]
bùbuzuke tàbemasu¿? [RRRR↓RRRX]
bùbuzuke tàbemasuka? [RRRR↓RRRRR]
tàberu tàberu. [RRR↓RRR]
àrigatáw. [RRRHF]
òokíni. [RRHF]
dôu ítaşmáşte. [HF HHHHFF]
sáyoónara¿ [HHHFH]
hôna mâta. [HF HF]
òyasumi nâsay. [RRRR HFF]
èe yûme mítena. [RR HF HHH]

名詞の形態

名詞文敬體ル形

sùmmasen, kámimura-han çáymaska? [RRRRR | HHHH-HH HHHHH]
hây, kámimura-desu. gákusee-desu. [HF HHHH-HH | HHHH-HH]
sùzuki-desu. çùúgaku-no sênsee-desu. [RRR-RR | RHFFF HFFF-FF]
tànáka-desu. ènjínia-desu. [RHF-FF | RRHFF-FF]
çóoşi-wa dónay-deska? [HHH-H HHH-HHH]
òkagesan-de bòçibóçi-desu. [RRRRR-R↓RRHF-FF]
áno hŷto-wa dónata-deska¿? [HH HF-F HHH-HHX]
áre-wa hŷto çáymasu. tânuki-desu. [HH-H HF HHHH | HFF-FF]

 指定詞の敬體肯定形は共通語と同じ -desu です。古くは -dosu, -dasu が使はれました。接尾辭として名詞に後續します。名詞が高起式無核か (kámimura)、低起式無核か (sùzuki)、有核か (tànáka, sênsee) によって -desu の音程が異なることを確認してください。

 その疑問形は -deska です。-dekka, -dakka が使はれることもあります。

 否定形は çáymasu です。ハイフンがついてゐないことからも察せられる通り、-desu, -deska とは違って自らの式と核(核は無核)を持つ獨立した單語です。名詞と çáymasu の間に -to を入れることもあります(hŷto-to çáymasu)。

 否定疑問形は çáymaska です。çáymasu 同樣に獨立した單語で、-to を挾むことがあります。çáymakka ともいひます。

條件アクセント

指定詞の終止形
敬體・肯定 敬體・否定 常體・肯定 常體・否定
ル形・直説 -desu çáymasu -yà çáu
ル形・疑問 -deska çáymaska -kà çáukà
タ形・直説 -dëşta çáymáşta -yàtta çîgawta
タ形・疑問 -dëştaka çáymáştaka -yàttaka çîgawtaka

 指定詞のタ形とその疑問形の接尾辭 -dëşta, -dëştaka (-döşta, -döştaka) は條件アクセントといふものを持ってゐます。抑揚記號 ä で條件アクセントがその位置にあることを示すことにします。核がある語につく場合、條件アクセントは單に消滅し、-deşta(ka) となります。しかし無核の語につく場合、條件アクセントのところに核が生じ、-déşta(ka) となります。

高起式 -dëşta 低起式 -dëşta  
無核 ámerika ámerika-déşta [HHHH-HFF] èndaka èndaka-déşta [RRRR-HFF]
有核 kyóotóşi kyóotóşi-deşta [HHHF-FFF] nòomíso nòomíso-deşta [RRHF-FFF]
yámáguçi yámáguçi-deşta [HHFF-FFF] ìméeji ìméeji-deşta [RHFF-FFF]
hûjisan hûjisan-deşta [HFFF-FFF]  

 つまり條件アクセントを持つ接尾辭がつくと語の全體は必ず有核になります。

 指定詞の常體肯定形 -yà はまた異なる種類の條件アクセントを持ってゐます。そのことを -yà についた抑揚記號 à で表します。(これは語頭ではなく、低起式の à とは別の記號です。)核のある語につく場合、-yà は單に -ya として後續します。しかし無核の語につく場合は、直前の拍に核を與へた上で -ya として後續します。

高起式 -yà 低起式 -yà  
無核 ámerika ámeriká-ya [HHHH-F] èndaka èndaká-ya [RRRH-F]
有核 kyóotóşi kyóotóşi-ya [HHHF-F] nòomíso nòomíso-ya [RRHF-F]
yámáguçi yámáguçi-ya [HHFF-F] ìméeji ìméeji-ya [RHFF-F]
hûjisan hûjisan-ya [HFFF-F]  

 つまり前の語に合はせて音調が變はる -desu や -dëşta と異なり、-yà は常に下降調 F として現れます。

 一般に前の語により音調が變はる接辭を順接の附属語、變はらず常に F になる接辭を低接の附属語といひます。

主な附属語のアクセント
順接 低接  
-desu です -yà, -kà だ、か(指定詞)
-dëşta でした -yàtta だった
-dëştara でしたら -yàttara なら
-de で(指定詞) -yàro だらう
-dèşo でせう
-nà な(連體形)
-to と一緒に -tò, -tè と(引用)
-no の(所有) -nòn のもの(形式名詞)
-wa -mò
-ga -yà や(列擧)
-e -yòri より(比較)
-kara から(起點)  
-o -nèn のだ、んです
-ni  
-de で(手段・場所)  
-küray -nàdo など
-tàti たち(有生物複數)

 指定詞の常體疑問形の -kà はちょっと複雜で、疑問文では前へのアクセント賦與を行ひません。間接疑問、選擇肢の列擧、反語、詠嘆などで尻上がりにならない場合はアクセントを賦與します。

高起式 低起式  
ákan-ka¿ [HHH-X] 駄目かな? yòyakuzumi-ka¿ [RRRRR-X] 豫約はした?(問掛)
ákan-ka [HHH-H] (中立的な疑問文) yòyakuzumi-ka [RRRRR-R] (中立的な疑問文)
ákań-ka [HHH-F] やはり駄目か yòyakuzumí-ka [RRRRH-F] 豫約したのね(安心)

 指定詞の常體否定形・否定疑問形は çáu, çáukà です。çáymasu, çáymaska と同じで單語であり、名詞との間に -to を挾むことがあります。çáukà は çáu に -kà がついたものなので、尻上がりになるときは çáuka, ならないときは çáúka です。

(なほ au は aw と異なり o~oo とは讀みません。綴りの通りアウです。)

 共通語の影響を受けた -yà này, -yà nàykà もよく聞かれます。

條件アクセントまとめ
高起式無核 低起式無核 有核
ígirisu gàykoku káminári
-ni ígirisu-ni gàykoku-ni káminári-ni
-dëşta ígirisu-déşta gàykoku-déşta káminári-deşta
-yà ígirisú-ya gàykokú-ya káminári-ya

二拍名詞語末核の音調

 二拍語で二拍目に核がある名詞は、接尾辭を伴はないとき二拍目を下降調でわずかに伸ばし氣味で發音します。このためこの位置にある核は通常の à に代はり â で表記します。接尾辭を伴ふときは à と同じく核位置は高調、次の拍から下降調となり、伸ばさず發音します。

sàrû [RFˑ] hùne [RR]
-ni sàrû-ni [RH-F] hùne-ni [RR-R]
-desu sàrû-desu [RH-FF] hùne-desu [RR-RR]
-dëşta sàrû-deşta [RH-FFF] hùne-déşta [RR-HFF]
-yà sàrû-ya [RH-F] hùné-ya [RH-F]

 若い世代では語末核と無核の辨別が衰退しつつあり、兩方とも語末に通常の核 á があるかの樣に發音されます。

辨別を失った發音
sàrú [RH] hùné [RH]
-ni sàrú-ni [RH-F] hùné-ni [RH-F]
-desu sàrú-desu [RH-FF] hùné-desu [RH-FF]
-dëşta sàrú-deşta [RH-FFF] hùné-deşta [RH-FFF]
-yà sàrú-ya [RH-F] hùné-ya [RH-F]

 無核の疑問詞 nàni, ìţu はこの合流に參加せず無核のままです。

動詞の形態

動詞綜論

 動詞の語幹は(後述する僅かな例外を除き)高起か低起かの式のみを持ち、核位置を持ちません。各活用形に語末から何拍目に核を置くか原則が決まってゐます。これを語末から二拍目なら -2, 三拍目なら -3 という樣に表記します。無核の場合は 0 です。

主たる活用形と核位置の原則(子音幹高起式「滅ぼす」の例)
辭書形 0 hórobos-u タ形 -3 hórobóş-ta
レバ假定 -3 hórobós-eba 假定 hórobóş-tara
副動詞 -2 hórobóş-i テ形 hórobóş-te
動名詞 0 hóroboş-i  
命令 0 hóroboş-i テ形 0 hóroboş-te
意向 0 hórobos-o  
欲求 -3 hóroboş́-tay  
ヌ否定 0 hórobos-an タ形 -4 hórobos-ánanda
  假定 -2 hórobos-ána  
  副動詞 -3 hórobos-ánto  
ヘン否定 -4 hórobós-ahen  
ハル敬語 0 hórobos-aharu タ形 -4 hórobos-áhatta
  命令 -3 hóroboş-ináhare  

 上表の核位置の原則から外れる例外を持つのは、タ形とその派生形(常體タ形・假定形・副動詞テ形)、およびヘン否定です。

 低起式は語頭 á を à とするだけで高起式と同じです。

 二拍動詞母音幹(見る)および變格(來る)は辭書形・意向形・ヌ否定を除く全形に亙り高起式に交替します(活用表は後揭)。

敬體

動詞の敬體
肯定 否定
辭書形 0 yúrusu  
ル形・直説 0 yúruşi-masu 0 yúruşi-mahen
ル形・疑問 yúruşi-maska yúruşi-mahenka
タ形・直説 -3 yúruşi-máşta -4 yúruşi-mahénanda
タ形・疑問 yúruşi-máştaka yúruşi-mahénandaka
テル形・直説 0 yúruşte-masu 0 yúruşte-mahen
テル形・疑問 yúruşte-maska yúruşte-mahenka
テタ形・直説 -3 yúruşte-máşta -4 yúruşte-mahénanda
テタ形・疑問 yúruşte-máştaka yúruşte-mahénandaka

 -maska は -makka となることもあります。

 共通語では存在動詞「ゐる」はテル形・テタ形を持ちませんが、大阪言葉は íte-masu, íte-maska… を持ちます(京言葉では同音で「行ってます」の縮約形)。

 タ形・テタ形否定には共通語の影響を受けた -masen-déşta(ka) が最近では多用されます。アクセントは肯定形と同じ -3 です。

ハル敬語
辭書形 語幹 ハル敬語  
子音幹 tóbu tób- tóbahar- tóndahar-
yòmu yòm- yòmahar- yòndahar-
母音幹 yámeru yáme- yámehar- yámetahar-
hàgeru hàge- hàgehar- hàgetahar-
母音幹二拍 néru né- néyahar- nétahar-
mìru mì- míyahar- mítahar-
變格 súru ś- şíyahar- ş́tahar-
kùru kò- kíyahar- kýtahar-

(變格動詞の語幹は語源をたどると元々かうだったらしいというだけで深い意味はありません。)

 上方語では身内の目上にも、また單なる丁寧語として目下にもハル敬語を使ふことがあり、使用範圍が共通語の尊敬語よりも廣くなってゐます。ハル敬語ル形・タ形語幹を作るには、語幹に子音幹 -ahar-, 母音幹 -har- を付けます。母音幹で辭書形が二拍(語幹が一拍)のものは間に -ya- を挾みます(挾まない話者もゐます)。母音幹・變格二拍で低起式のものは高起式に交替します(緑字)。

 テル形・テタ形語幹はテ形に -har- を續けます。テ形の -te が -ta に同化します。

ハル敬語の敬體
肯定 否定
ル形・直説 0 míyahari-masu 0 míyahari-mahen
ル形・疑問 míyahari-maska míyahari-mahenka
タ形・直説 -3 míyahari-máşta -4 míyahari-mahénanda
タ形・疑問 míyahari-máştaka míyahari-mahénandaka
テル形・直説 0 mítahari-masu 0 mítahari-mahen
テル形・疑問 mítahari-maska mítahari-mahenka
テタ形・直説 -3 mítahari-máşta -4 mítahari-mahénanda
テタ形・疑問 mítahari-máştaka mítahari-mahénandaka

 タ形・テタ形の否定には現代では -masen-déşta(ka), -mahen-déşta(ka) を主に用ゐます。

タ形:不規則の規則

 子音幹動詞・母音幹動詞それぞれに屬する動詞は辭書形の長さが何拍かによって細分されます。またそれぞれに高起式のものと低起式のものがあります。

子音幹・高起式 子音幹・低起式 母音幹・高起式 母音幹・低起式
hízamazuk- bùkımigar- tóbiori- nòmisugi-
táskar- kòdawar- şírabe- tòrae-
şíbak- zùras- kóke- hàge-
tób- kàt- né- mì-
ś- kò-

 變格活用は子音幹でも母音幹でもありませんが、後で表が見やすくなるので母音幹の列に並べます。

 かうして作った細分類のうち、タ形は -3 といふ原則から外れるものが七つあります。

 これを丸暗記しなければいけないのかというと、さうではなくうまい方法があります。

 そのために ǎ といふ新しい抑揚記號を導入します。

ǎ : 低起式で、第二音節(第二拍ではなく)に核がある。

 これを使ふと先程の七グループのリストはかう書き換へることができます。

 次の表で正しい形が得られてゐることを確かめてください。

子音幹・高 子音幹・低 母音幹・高 母音幹・低
-3 hízamazúyta -3 bùkimigátta -3 tóbiórita -3 nòmisúgita
-3 táskátta -3 kòdawátta -3 şírábeta -3 tòráeta
-4 şîbayta -3 zǔraşta -3 kôketa -2 hǎgeta
-3 tônda -1 kǎtta -2 nêta 高-2 mîta
-2 ş̂ta 高-2 kŷta

 つまり、短い動詞では語頭に â や ǎ があるのが安定した狀態で、その結果かういふ不規則性が生まれてゐる樣です。

 複合動詞の後部要素が三拍子音幹のときは多くの場合 -4 となります(nóri-ûţutta, hòme-çîgitta)。後部をタ形にしてから前部と複合した樣な具合です。搖れがあることもあります(nákiwaméyta ~ náki-wâmeyta ; ùçimakáşta ~ ùçi-mâkaşta)

 タ形を作る時の音便は語幹が w で終はる動詞のみ共通語と異なり、ウ音便です。máçigaw- : máçigáwta, káw- : kâwta, úşinaw- : úşináwta など。kâtta は子音幹動詞 kár-「借りる」のタ形です。動詞のウ音便 aw は oo と長く發音するのが原則ですが、補助動詞としての用法もある símaw-, móraw- は長短どちらでもよく、o と短く讀むことの方が多いです。

 タ形と核位置を共有する形に「~して」を表すテ形と「~すれば」を表す假定形(タラ假定)があります。テ形は -ta を -te に變へた形です。複數の用法がありますが、副動詞として使ふ(しばしば讀點を伴ふ)場合はタ形と同じ位置に核を持ち、派生接辭が更に續く場合(テル形など)と命令法に使ふ場合には無核です。

 假定形は -ta を -tara に變へて作られ、そのアクセントは常にタ形と同じです。共通語の假定形と同じ形(レバ假定)も存在しますが堅い表現になります。タラ假定の守備範圍は共通語の「~したら」より廣く、假定全般にタラの方がよく使はれます。

否定形:不規則の規則

 否定形(ヘン否定)の作り方は

 アクセントは -4 が原則ですが、否定形の語形が四拍の場合(子音幹の二拍動詞、母音幹の三拍および二拍動詞、變格活用)は語頭に高起式 â, 低起式 ǎ を書くことで實際のアクセントが得られます。二拍動詞母音幹・變格活用では高起式に交替します。

子音幹・高 子音幹・低 母音幹・高 母音幹・低
-4 hízamazúkahen -4 bùkımıgárahen -4 tóbiórihin -4 nòmisúgihin
-4 táskárahen -4 kòdawárahen -4 şírábehen -4 tòráehen
-4 şíbákahen -4 zùrásahen -4 kôkehen -3 hǎgehen
-4 tôbahen -3 kǎtahen -4 nêehen 高-4 mîihin
-4 şîihin 高-4 kîihin

 變格活用の語形には地域差があり、sêehen, kêehen, kôohen などが見られます。

 否定形にはヘン否定のほかにヌ否定とナイ否定があります。

 ヌ否定は子音幹なら -an, 母音幹なら -n をつけます。變格活用は sén, kòn です。アクセントは例外なく 0 です。

 ナイ否定は共通語の影響で現れた形です。核位置は全動詞につき -3 です。共通語の否定形は -3 になる動詞(有核動詞)と 0 になる動詞(無核動詞)に分かれますが、後者のみ上方語の語形とは核位置が異なることになります(tóbánay, nênay)。

 共通語では存在動詞「ある」は常體否定形を持たず形容詞「ない」で補ひますが、上方語ではヘン否定のみ存在し、規則通り ǎrahen となります。

常體のまとめと補足

動詞の常體
肯定 否定
ル形 0 kàku (-4) kǎkahen
-3 kàkánay
0 kàkan
タ形 (-3) kǎyta -4 kàkánanda
kǎkahen-katta
-4 kàkanákatta
テル形 0 kàyteru -3 kàytéhen
kàyte này
テタ形 0 kàytéta -4 kàyténanda
kàytéhen-katta
kàyte nâkatta

 タ形・テタ形否定には -nanda (-4) による本來形、ヘン否定からの派生形、ナイによる共通語からの干涉形があります。本來形はあまり使はれなくなってゐます。

 疑問形は表が大きくなるので省きましたが、これまで通り -kà を續けるだけです。この -kà は低接の附屬語の特殊型であり、間接疑問などでは自身の前に核を賦與します。

— ìkirú-ka, sínú-ka, śore-ga móndaý-ya.(『ハムレット』の翻譯が難しい例の科白)
 [RRH-F, HH-F, HH-H HHHH-F]

式の交代する動詞
辭書形 0 mì-ru タ形 mî-ta
レバ假定 -3 mî-reba 仮定 mî-tara
副動詞 -2 mîi テ形 mî-te
動名詞 0 míi  
命令 0 míi テ形 0 mí-te
意向 0 mì-yo  
欲求 -3 mî-tay  
ヌ否定 0 mì-n タ形 -4 mî-nanda
  假定 -2 mî-na  
  副動詞 -3 mî-nto  
ヘン否定 -4 mîi-hin  
ハル敬語 0 míya-haru タ形 -4 míyá-hatta
  命令 -3 mí-náhare  
有核動詞 ôr-
辭書形 ôr-u タ形 ôt-ta
レバ假定 ôr-eba 仮定 ôt-tara
副動詞 ôr-i テ形 ôt-te
動名詞 0 óri  
命令 0 óri テ形 0 ót-te
敬體 0 óri-masu タ形 -3 óri-máşta
欲求 -3 órí-tay  
ヌ否定 ôra-n タ形 -4 órá-nanda
  假定 -2 órá-na  
  副動詞 ôra-nto  
ヘン否定 ôra-hen  

 核を持つ動詞は近世まであった動詞類の痕跡で、現代語に殘るのは nâhar-(なさる)、kúdásay(kúdasar- の命令形)など補助動詞的なものばかりですが、唯一本動詞としての用法があるのが ôr- です。これは í-(ゐる)と同じく有生存在動詞ですが、卑下語のニュアンスがあり、ハル敬語にすることができません。謙讓語としての用法があるのは共通語と同じです。活用形のアクセントは、語幹の核に從ふものと從はずに原則通りになるものとで大體半々といったところです。

補助動詞の形態

待遇表現

 ハル敬語は既に見たので、その他の待遇表現を扱ひます。常體で用ゐることが多い樣です。

親愛の -yàr-
肯定 否定
ル形 kàkí-yaru -4 kàki-yárahen
タ形 kàkí-yatta -4 kàki-yaránanda
kàki-yárahen-katta
テル形 kàyté-yaru -3 kàyte-yárahen
テタ形 kàyté-yatta -4 kàyte-yaránanda
kàyte-yárahen-katta

 親愛を込めて目下に用ゐます。肯定形は低接の附屬語の樣に本動詞側の末尾に核を置きます。否定形は核位置の原則に從ひます。

卑下の -yòr-
肯定 否定
ル形 kàkí-yoru -4 kàki-yórahen
タ形 kàkí-yotta -4 kàki-yoránanda
kàki-yórahen-katta
テル形 kàyté-yoru -3 kàyte-yórahen
テタ形 kàyté-yotta -4 kàyte-yoránanda
kàyte-yórahen-katta

 -yàr- と母音一つ違ふだけでアクセントまで同じですが卑下の語氣を持ちます。

罵倒の補助動詞
-ḱsar- -saras-
ル形 náki-ḱsaru náki-sarasu
タ形 náki-ḱsatta náki-sáraşta
テル形 náyte-kéţkaru  
テタ形 náyte-kéţkatta  

 罵倒の補助動詞として -ḱsar-, -saras-, -kéţkar- (-kékkar-) があるといひますが、筆者は補助動詞が存在するといふ紹介の中でしか聞いたことがありません。前二者は連用形にのみ、-kéţkar- はテ形にのみ接續します。否定形が存在するのかは不明です。

狀態

卑下/謙讓の -tór-
肯定 否定
敬體・テル形 máketori-masu máketori-mahen
敬體・テタ形 máketori-máşta máketori-mahénanda
máketori-mahen-déşta
常體・テル形 máketóru -4 máketórahen
常體・テタ形 máketótta -4 máketoránanda
máketórahen-katta

 通常のテル形・テタ形はテ形と í-(ゐる)が縮約したものですが、代はりにテ形と ôr-(をる)が縮約したものです。

完了狀態の -táar-
肯定 否定
敬體・ル形 óytá àri-masu óytá àri-mahen
敬體・タ形 óytá àri-máşta óytá àri-mahénanda
óytá àri-mahen-déşta
常體・ル形 óytáaru óytá ǎrahen
常體・タ形 óytáatta óytá àránanda
óytá ǎrahen-katta

 テ形と àr- の縮約形ですが、常體肯定形以外ではアクセント上二語のままで縮約しきってゐません。

-tok-
肯定 否定狀態の肯定 肯定狀態の否定
敬體・ル形 óytoki-masu ókantoki-masu óytoki-mahen
敬體・タ形 óytoki-máşta ókantoki-máşta óytoki-mahénanda
óytoki-mahen-déşta
常體・ル形 0 óytoku 0 ókantoku -4 óytókahen
常體・タ形 -3 óytóyta -3 ókantóyta -4 óytokánanda
óytókahen-katta

 ók- との縮約形です。否定形が二種類あります。否定の副動詞 -anto に ók- を續ける「~しないでおく」と、ók- を付けた後に否定語尾を續ける「~しておかない」です。

 この補助動詞の常體から作る連用形・テ形は和らげた命令法に使ひます。特に否定のテ形は ókantóyte (kúdásay) の樣に「~ないで(ください)」に對應します。

完了への後悔
肯定
敬體・ル形 0 yáttemay-masu
敬體・タ形 -3 yáttemay-máşta
常體・ル形 0 yáttemawu
常體・タ形 -3 yáttemáwta

 テ形と şímaw- の縮約形です。意味的に否定形はない樣に思はれます。

やりもらひ

恩惠の -tar-
肯定 否定
ル形 0 téttawtaru -4 téttawtárahen
タ形 -3 téttawtátta -4 téttawtaránanda
téttawtárahen-katta

 テ形と yár-「あげる」の縮約形です。

-te moraw-
肯定 否定
ル形 0 téttawte mórawu -4 téttawte móráwahen
タ形 (-3) téttawte môrawta -4 téttawte mórawánanda
téttawte móráwahen-katta
テル形 0 téttawte mórawteru -3 téttawte mórawtéhen
テタ形 -2 téttawte mórawtéta -4 téttawte mórawténanda
téttawte mórawtéhen-katta

形容詞の形態

規則形容詞の常體

 形容詞文の敬體は本來連用形(ウ音便)に補助動詞 ósu, ómasu, gózaymasu を續けて作りますが、現在では常體の語形に指定詞 -desu を付ける共通語式が一般化してゐます。

 形容詞には規則的に變化する大部分の形容詞と、比較的少數の不規則形容詞があります。規則形容詞は式も核も持たず、活用形が式・核のパターンを決めます。パターンは辭書形が四拍以上の場合と三拍の場合に分かれてゐます。核位置は動詞と同じく語末から何拍目かで指定されてゐます。

四拍以上の規則形容詞
辭書形 否定形 タ形 詠嘆形
高-3 高-2 ~ 0 高-4 低0
ábúnay ábunáw này [ábuno, ábunóo] ábunákatta àbuna!
ómóroy ómorów này [ómoro, ómoróo] ómorókatta òmoro!
ákáruy ákarúw này [ákaru, ákarúu] ákarúkatta àkaru!
úreşiy úreşíw này [úreşi, úreşúu] úreşíkatta ùreşi!

 四拍以上の規則形容詞は詠嘆形を除き高起式です。否定形に現れるウ音便は一般に長母音と短母音の二通りの發音があります。này が續く場合通常は短い發音の方を使ひ、核が消失しますが、強調するときやゆっくりした話し方のときに長い發音が現れることがあります。này に -desu が付くと nàýdesu になります。

 否定形には表の形の他に、形式名詞 -köto を用ゐて ábúnay-koto này とする迂言形があります。

 タ形否定は否定形の này を nâkatta に變へます。

 補助動詞 ósu, ómasu を用ゐる本來の活用形も示しておきます。yóroşiw-ósu [yóroşi-osu], òhayaw gózaymasu [òhayoo gózaymasu] など定型表現に殘ってゐます。(òhayáw が低起なのは ò-「御」が低起であるため。)

規則形容詞敬體の本來の活用形
肯定 否定
ル形 ábunaw ó(ma)su ábunaw ó(ma)hen
タ形 ábunaw ôşta (ómáşta) ábunaw ó(ma)hénanda
ル形 ábunaw gózaymasu ábunaw gózaymahen
タ形 ábunaw gózaymáşta ábunaw gózaymahénanda

 否定迂言形は -köto ó(ma)hen となります。

三拍の規則形容詞
辭書形 否定形 タ形 詠嘆形
高-3 低-2 低-4 低0
âkay àkáw này àkákatta àka!
şîroy şìrów này şìrókatta şìro!
zûruy zùrúw này zùrúkatta zùru!

 三拍の規則形容詞は、核位置は四拍以上と同じですが、辭書形(と、あとで出て來る連用形・テ形の異形)を除き低起式です。

不規則形容詞の常體

 不規則形容詞は辭書形の拍數により四拍以上、三拍、二拍の3グループに分かれます。

四拍以上の低起式形容詞
辭書形 否定 タ形 詠嘆形
低-2 (3) 低-2 低-4 低0
òyşíy òyşíw này oỳşíkatta òyşi!
şìndóy şìndów này şìndókatta şìndo!
çàiróy çàirów này çàirókatta çàiro!
òtonaşíy òtonaşíw này òtonaşíkatta òtonaşi!
ùşirométay ùşirometáw này ùşirometákatta ùşirometa!

 四拍でこのグループに屬するのは恐らく òyşíy, şìndóy, çàiróy の3語だけです。辭書形の核位置は原則 -2 ですが、ùşirométay, dàdappíroy, ùsanḱsay の樣な否定的な意味を持つ合成語は規則形容詞と同じく -3 になることがあります。

三拍の高起式形容詞
辭書形 否定 タ形 詠嘆形
高-3 高-2 高-4 低0
ôsoy ósów này ósókatta òso!
ôşiy óşíw này óş́katta òşi!
hôşiy hóşíw này hóş́katta  

 三拍の規則形容詞と核位置は同じで、式だけが異なります。規則形容詞のパターンとこのパターンで搖れる語もあり、どちらの抑揚で讀んでもあまり問題ありません。

二拍の形容詞
辭書形 否定 タ形 詠嘆形
kôy kôw này [kôo] kôkatta kó!
èe yów này [yóo] yôkatta  
này nâkatta  

 現代語で常用される二拍形容詞は恐らく3語しかありません。

 kôw, yów は一拍になることを避けて常に長く發音します。(なほ抑揚の異なる yôo này は「用事が無い」。)

 này の敬體は nàýdesu ではなく存在動詞を使ひ óhen, ómahen, àrimahen とするのが本來の形です。この形容詞は單純否定形を持たず、迂言形 này-kóto này を使ひます。三拍以上の形容詞と異なり -köto が條件アクセントを實現させるのに注意してください。èe の迂言形否定も同じく èe-kóto này です。

 èe, này には詠嘆形は無いと考へられます。詠嘆は別の構文「終止形 + nâa」による èe nâa, này nâa により補ひます。

その他の形態

副動詞 テ形 變化動詞 假定形 名詞形
規四 -3 kánáşiw kánáşiwte kánaşiw-nar- [-i-] kánaş́kattara kánaşsa
規三 -2 şìrów şìrówte şìrow-nar- [-o-] şìrókattara şìrosa
-3 şîrow şîrowte  
不四 -2 òyşíw òyşíwte òyşiw-nar- [-i-] òyş́kattara òyşsa
不三 -3 ôsow ôsowte ósow-nar- [-o-] ósókattara ósosa
-2 kôw kôwte ków-nar- [-oo-] kôkattara kósa
yôw yôwte yów-nar- [-oo-] yôkattara yòsa
nôw nôwte nów-nar- [-oo-] nâkattara nàsa

 副動詞は否定形と同じ -2 で全て發音しても問題ありませんが、規範的には -3 のものがあります。副動詞テ形の核位置も同じです。特に三拍規則形容詞は -2 と -3 で搖れがあります。

 變化動詞では副動詞にあった核が消失します。二重母音は三拍以上の形容詞では短く、二拍形容詞では長く發音します。

 假定形の核位置はタ形と同じです。レバ假定も存在しますが共通語ほど使用されないのは動詞と同じです。核位置はやはりタ形と同じです。

 名詞形は無核です。