これは何?
彝語には變調(聲調の變化)があります。漢語諸方言にも變調がありますが、漢語のそれらが概ね音聲レベル(前後の聲調の組合せにより無條件に起きる)なのに對し、彝語の變調は音聲レベルだけでなく文法レベル(品詞や統語關係が變調の條件に關はってくる)にもまたがる現象です。
『涼山彝語會話六百句』では變調(聲調の變化)が散發的に出て來るたび説明されてゐますが、場當たり式の觀があるのは否めません。全體像が摑みにくく、またあやふやな知識を確認したくなった時にどこを見返せばいいか分からない樣になってゐます(まあ文典として使ふことを想定した本ではないので。)
そこでこの頁では『六百句』に出て來る變調規則を(また他ソースから知られるものも)まとめておきます。
もとより變調規則の全てを盡くしたものではなく、また綴りに反映させるかどうか、更には變調が起きるかどうかにも地域差や個人差がある樣です。
【略號】
- (六)李民・馬明『涼山彝語六百句』四川民族出版社、成都、1981年
- (簡)陳士林・邊仕明・李秀清編著『彝語簡志』民族出版社、北京、1985年
- Ger.: Gerner, Matthias. A Grammar of Nuosu. De Gruyter Mouton, Berlin/Boston, 2013.
「高調」は高平調と次高調を總稱して謂ふ。
名詞ととりたて助詞
とりたて助詞 ꆹ li「は」、ꑌ nyi「も」の前が單音節語かつ中平調であるとき、その語の發音は次高調になる。綴りには反映しない。
- she li「肉は」(發音は shex li)
- ne nyi「君も」(發音は nex nyi)
🔍(六)3課12頁・16課65頁(li)、5課20頁(nyi)、Ger. 29頁
場所の名詞化接尾辭 ꅉ dde が付く内容語が單音節で中平調のとき、その内容語は次高調になる。綴りも發音に合はせる。
- sso「學ぶ」→ ssox dde「學校」
- nyi「坐る」→ nyix dde「席」
🔍(六)4課16頁、(簡)27頁、Ger. 30頁
時の名詞句化接尾辭 ꄮ te が付く動詞が中平調のとき、動詞の發音は次高調になることが多い。綴りには反映しない。
- la te「來る時」(發音は lax te)
- bbo te「行く時」(發音は bbox te)
🔍(六)21課85頁、(簡)27頁
動詞・介詞と目的語
動詞・形容詞(複音節語のときはその最終音節)を疑問文などで繰り返すとき、原形が
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中平調であれば繰返しの一度目を次高調で、二度目を元の中平調で讀む。
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その他の聲調であればは繰返しの一度目を元の聲調で、二度目を中平調で讀む。
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kux w「盜みますか?」(發音は kux ku)
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zzyr muox w「お變はりないですか?」(發音は zzyr muox muo)
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lot buop w「手傳ひますか?」(發音は lot buop buo)
🔍(六)1課2頁、(簡)94頁、Ger. 29, 46頁
單音節中平調の代詞(則ち單數の nga, ne, cy, i, go)に單音節中平動詞が續き、その代詞が目的語を表すとき、代詞は次高調になる。
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nga mo ox「私が見ました」≠ ngax mo ox「私を見ました」
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ne mgu「君は(誰かを)愛してゐます」≠ nex mgu「(誰かが)君を愛してゐます」
🔍(六)6課24頁、Ger. 28, 123, 419頁
Ger. は複音節動詞でも起きるとする。
單音節中平調名詞 ꋚ zza「飯」と單音節中平調動詞 ꋠ zze「食べる」が結合すると、目的語の zza は次高調になることが多い。
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ngop zzax zze sat ox.「我々はご飯を平らげました」
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ngop zza zze sat ox.「我々のご飯は食べられてしまひました」
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こちらは受け身文で zza は主語なので變調せず。
-
🔍(六)6課25頁
二音節の動詞・形容詞で聲調が次高-中平のものは、否定形で次高調が中平調に戻る。
- ax yy「大きい」→ a ap yy「大きくない」
- bbox sho「清潔」→ bbo ap sho「不潔」
🔍(六)7課28頁
一部の低調動詞が單音節中平調または單音節低調の代詞を目的語に取るとき、代詞はそのままで動詞が次高調になる。
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Lu po cy ndup.「彼はルポを毆る」(直譯:ルポは彼が毆る)
-
Lu po cy ndux. 「ルポは彼を毆る」
| 動詞直前は主語 | 動詞直前は目的語 | 意味 |
|---|---|---|
| ꉜ hxep | ꉚ hxex | 見る |
| ꅥ ndup | ꅣ ndux | 打つ |
| ꌌ sip | ꌊ six | 取る |
| ꇑ lup | ꇏ lux | 盜む |
| ꃷ vup | ꃵ vux | 賣る |
| ꁉ pop | ꁇ pox | 開ける |
| ꌡ sup | ꌟ sux | 似る |
| ꌧ syp | ꌥ syx | 知ってゐる |
| ꉙ hxop | ꉗ hxox | 塗る |
| ꎹ shep | ꎷ shex | 探す |
🔍(六)15課61頁、Ger. 30, 420頁
(六)は目的語に上述の條件を課するが、Ger. は名
詞を含めどんな目的語でもよい樣に述べてゐる。
目的地や授受の受け手を表す介詞 ꏭ jox は特定の語(多くは高調)に續くとき低調 ꏯ jop に變化する。
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(六)で擧げられてゐるのは ngat jop「私に」、nit jop「君に」(代詞が高平調になるのにも注意)、jjyx jop「互ひに」
🔍(六)21課85頁
動詞に續く要素
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可能の法助動詞 ꄐ/ꄎ dop/dox
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經驗の相助動詞 ꋻ/ꋺ nzop/nzox
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當為の法助動詞 ꌸ/ꌶ ssop/ssox
は、否定文または前の動詞が高調のときに低調の語形、それ以外のときに次高調の語形を用ゐる。
【可能】
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nga ne hmat dop. 「あなたに教へられますよ」
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cyx gge nga mu ap dop. 「それは出來ませんね」
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cy hxip nyi hxip dox, mu nyi mu dox.「彼は口も達者で仕事も出來ます」
🔍(六)9課36頁
【經驗】
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cyp uo nyie ax nyi mu ndit nzop. 「彼の頭髪はかつて豐かであった」
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tit go da hmu ax nyi gge cy shep wex nzop. 「その場所で彼はキノコをどっさり見附けたことがある」
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nga Bip Ji lur kur bbo ap nzop. 「北京には行ったことがありません」
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Nuo Su bbur ma sso nzox w?「彝文字を學んだことがありますか」
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cy co zzi ap syp su njyp nzox. 「彼はよく知らない相手を信用したことがあります」
🔍(六)11課44頁
【當為】
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nop ddop ma hxip si ap ssop. 「何も云ふ必要はありません」
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nga ip nyip nyop bbop bbo ssox ox.「今日は仕事に行かなければなりません」
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ne li shyrx rruo zzip ngop bbop ssox. 「強盜に氣をつけることですね」
🔍(六)24課98頁
結果節を導く ꌌ/ꌊ sip/six は前の動詞が高調なら低調の sip, 中平調・低調なら次高調の six を用ゐる。
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nga ne shyx sip bbut cy hxo dde na hxex bbo mo.「君を連れて病院に診てもらひに行きますよ」
-
ndup six sy ddur ox.「毆ったら血が出ました」
🔍(六)24課97頁
數詞
數詞に變調が適用されるか否かは原形の聲調によって條件づけられます。
| 數字 | 位字 | |
|---|---|---|
| 高平 | 六 fut, 八 hxit | 萬 vat |
| 中平 | 三 suo, 四 ly, 五 nge, 九 ggu | 十 ci, 百 hxa, 千 dur |
| 低 | 一 cyp, 二 nyip, 七 shyp |
高平調の數詞はいかなる場合も變調しません。
中平調の位字(十、百、千)に中平調の數字(三、四、五、九)が續くとき、位字の方が次高調になる。
- 十x九o(以下 o は中平調を表す)
- 九o千x三o百x五o十x九o
🔍(六)目次、13課54頁、(簡)28頁
中平調の位字(十、百、千)に低調の數字(一、二、七)が續くとき、數字の方が次高調になる。
ただし、十一は例外。ꊯꊪ cix zy になる。
- 三o十o一x
- 十o二x
- 十o七x
- 一p百o七x十o二x
| 一 | 二 | 七 | |
|---|---|---|---|
| 原形 | ꋍ cyp | ꑍ nyip | ꏃ shyp |
| 變形 | ꋋ cyx | ꑋ nyix | ꏁ shyx |
| ꊪ zy |
🔍(六)目次、17課69頁、21課84頁、(簡)28頁
二十の十は頭子音が c から z に無氣音化する。
- ꑍꊏ nyip zi 二十
🔍(六)目次、(簡)105頁
量詞
量詞で最も多いのは中平調で、數詞と結合しても變調しない量詞である(Ger. 66頁)。
高平調で單音節の量詞の多くは「數高量低;數低量高;數平量平」の格式に從ふ。
-
則ち數詞の最後が高調であれば量詞は逆に低調になり、低調であれば量詞は逆に高平調になり、中平調であれば量詞も中平調になる。
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ただし聲調だけでなく母音まで變はる量詞もある。
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-
ꑹ/ꑼ/ꑻ yuot/yuop/yuo「~人」は三人以上について用ゐる。一人・二人のとき量詞は專用の語形 ꂷ ma に交替する。
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なほこれと同形の ma「~個」といふ汎用量詞があるが、こちらは「~人」と違ひ全ての數詞に形を變へずに接續する。
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🔍(六)3課10頁、(簡)29頁
不規則量詞 ꈎ/ꈓ kut/kur「~年、歳」は數詞の最後が中平調であれば高平調の語形を、それ以外のときは中平調の語形を用ゐる。
🔍(六)3課11頁、(簡)29頁
| 「~人」 | 「~枚」 | 「~年、歳」 | |
|---|---|---|---|
| 一 | ꋍꂷ cyp ma | ꋍꁬ cyp bbut | ꋍꈓ cyp kur |
| 二 | ꑍꂷ nyip ma | ꑍꁬ nyip bbut | ꑍꈓ nyip kur |
| 三 | ꌕꑻ suo yuo | ꌕꁱ suo bbur | ꌕꈎ suo kut |
| 四 | ꇖꑻ ly yuo | ꇖꁱ ly bbur | ꇖꈎ ly kut |
| 五 | ꉬꑻ nge yuo | ꉬꁱ nge bbur | ꉬꈎ nge kut |
| 六 | ꃘꑼ fut yuop | ꃘꁯ fut bbup | ꃘꈓ fut kur |
| 七 | ꏃꑹ shyp yuot | ꏃꁬ shyp bbut | ꏃꈎ shyp kut |
| 八 | ꉆꑼ hxit yuop | ꉆꁯ hxit bbup | ꉆꈓ hxit kur |
| 九 | ꈬꑻ ggu yuo | ꈬꁱ ggu bbur | ꈬꈎ ggu kut |
| 十 | ꊰꑻ ci yuo | ꊰꁱ ci bbur | ꊰꈎ ci kut |
中平調の量詞は定冠詞に相當する構文「量詞 + ꌠ su」で su の前に來るとき次高調になる。
- co max su「その人(定)」
- yi gax su「その煙草(定)」
- vit gga ggux su「その服(定)」
- bbu shy jix su「その蛇(定)」
🔍(六)14課57頁、(簡)112, 116頁、Ger. 63-64, 161頁
中平調の量詞は序數を作る構文「數詞 + 量詞 + 量詞 + ꌠ su」で su の前に來る二度目の量詞を次高調にする。
- le nge ji jix su「五頭目の牛」
- si hni hxit yuop yuop su「八人目の女」
- mu shyp ci ma max su「七十頭目の馬」
🔍(簡)109頁、Ger. 63-64, 161頁