涼山彝語の變調

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これは何?

彝語には變調(聲調の變化)があります。漢語諸方言にも變調がありますが、漢語のそれらが概ね音聲レベル(前後の聲調の組合せにより無條件に起きる)なのに對し、彝語の變調は音聲レベルだけでなく文法レベル(品詞や統語關係が變調の條件に關はってくる)にもまたがる現象です。

『涼山彝語會話六百句』では變調(聲調の變化)が散發的に出て來るたび説明されてゐますが、場當たり式の觀があるのは否めません。全體像が摑みにくく、またあやふやな知識を確認したくなった時にどこを見返せばいいか分からない樣になってゐます(まあ文典として使ふことを想定した本ではないので。)

そこでこの頁では『六百句』に出て來る變調規則を(また他ソースから知られるものも)まとめておきます。

もとより變調規則の全てを盡くしたものではなく、また綴りに反映させるかどうか、更には變調が起きるかどうかにも地域差や個人差がある樣です。

【略號】

「高調」は高平調と次高調を總稱して謂ふ。

名詞ととりたて助詞

とりたて助詞 li「は」、 nyi「も」の前が單音節語かつ中平調であるとき、その語の發音は次高調になる。綴りには反映しない。

🔍(六)3課12頁・16課65頁(li)、5課20頁(nyi)、Ger. 29頁

場所の名詞化接尾辭 dde が付く内容語が單音節で中平調のとき、その内容語は次高調になる。綴りも發音に合はせる。

🔍(六)4課16頁、(簡)27頁、Ger. 30頁

時の名詞句化接尾辭 te が付く動詞が中平調のとき、動詞の發音は次高調になることが多い。綴りには反映しない。

🔍(六)21課85頁、(簡)27頁

動詞・介詞と目的語

動詞・形容詞(複音節語のときはその最終音節)を疑問文などで繰り返すとき、原形が

🔍(六)1課2頁、(簡)94頁、Ger. 29, 46頁

單音節中平調の代詞(則ち單數の nga, ne, cy, i, go)に單音節中平動詞が續き、その代詞が目的語を表すとき、代詞は次高調になる。

🔍(六)6課24頁、Ger. 28, 123, 419頁
Ger. は複音節動詞でも起きるとする。

單音節中平調名詞 zza「飯」と單音節中平調動詞 zze「食べる」が結合すると、目的語の zza は次高調になることが多い。

🔍(六)6課25頁

二音節の動詞・形容詞で聲調が次高-中平のものは、否定形で次高調が中平調に戻る。

🔍(六)7課28頁

一部の低調動詞が單音節中平調または單音節低調の代詞を目的語に取るとき、代詞はそのままで動詞が次高調になる。

Ger. が例示する變調動詞
動詞直前は主語 動詞直前は目的語 意味
 hxep  hxex 見る
 ndup  ndux 打つ
 sip  six 取る
 lup  lux 盜む
 vup  vux 賣る
 pop  pox 開ける
 sup  sux 似る
 syp  syx 知ってゐる
 hxop  hxox 塗る
 shep  shex 探す

🔍(六)15課61頁、Ger. 30, 420頁
(六)は目的語に上述の條件を課するが、Ger. は名
詞を含めどんな目的語でもよい樣に述べてゐる。

目的地や授受の受け手を表す介詞 jox は特定の語(多くは高調)に續くとき低調 jop に變化する。

🔍(六)21課85頁

動詞に續く要素

は、否定文または前の動詞が高調のときに低調の語形、それ以外のときに次高調の語形を用ゐる。

【可能】

🔍(六)9課36頁

【經驗】

🔍(六)11課44頁

【當為】

🔍(六)24課98頁

結果節を導く ꌌ/ꌊ sip/six は前の動詞が高調なら低調の sip, 中平調・低調なら次高調の six を用ゐる。

🔍(六)24課97頁

數詞

數詞に變調が適用されるか否かは原形の聲調によって條件づけられます。

數詞原形の聲調
數字 位字
高平 六 fut, 八 hxit 萬 vat
中平 三 suo, 四 ly, 五 nge, 九 ggu 十 ci, 百 hxa, 千 dur
一 cyp, 二 nyip, 七 shyp

高平調の數詞はいかなる場合も變調しません。

中平調の位字(十、百、千)に中平調の數字(三、四、五、九)が續くとき、位字の方が次高調になる。

🔍(六)目次、13課54頁、(簡)28頁

中平調の位字(十、百、千)に低調の數字(一、二、七)が續くとき、數字の方が次高調になる。

ただし、十一は例外。ꊯꊪ cix zy になる。

低調から次高調に變調する數字
原形  cyp  nyip  shyp
變形  cyx  nyix  shyx
 zy

🔍(六)目次、17課69頁、21課84頁、(簡)28頁

二十の十は頭子音が c から z に無氣音化する。

🔍(六)目次、(簡)105頁

量詞

量詞で最も多いのは中平調で、數詞と結合しても變調しない量詞である(Ger. 66頁)。

高平調で單音節の量詞の多くは「數高量低;數低量高;數平量平」の格式に從ふ。

🔍(六)3課10頁、(簡)29頁

不規則量詞 ꈎ/ꈓ kut/kur「~年、歳」は數詞の最後が中平調であれば高平調の語形を、それ以外のときは中平調の語形を用ゐる。

🔍(六)3課11頁、(簡)29頁

(六)で扱ふ變調する量詞の數詞との結合
「~人」 「~枚」 「~年、歳」
ꋍꂷ cyp ma ꋍꁬ cyp bbut ꋍꈓ cyp kur
ꑍꂷ nyip ma ꑍꁬ nyip bbut ꑍꈓ nyip kur
ꌕꑻ suo yuo ꌕꁱ suo bbur ꌕꈎ suo kut
ꇖꑻ ly yuo ꇖꁱ ly bbur ꇖꈎ ly kut
ꉬꑻ nge yuo ꉬꁱ nge bbur ꉬꈎ nge kut
ꃘꑼ fut yuop ꃘꁯ fut bbup ꃘꈓ fut kur
ꏃꑹ shyp yuot ꏃꁬ shyp bbut ꏃꈎ shyp kut
ꉆꑼ hxit yuop ꉆꁯ hxit bbup ꉆꈓ hxit kur
ꈬꑻ ggu yuo ꈬꁱ ggu bbur ꈬꈎ ggu kut
ꊰꑻ ci yuo ꊰꁱ ci bbur ꊰꈎ ci kut

中平調の量詞は定冠詞に相當する構文「量詞 + su」で su の前に來るとき次高調になる。

🔍(六)14課57頁、(簡)112, 116頁、Ger. 63-64, 161頁

中平調の量詞は序數を作る構文「數詞 + 量詞 + 量詞 + su」で su の前に來る二度目の量詞を次高調にする。

🔍(簡)109頁、Ger. 63-64, 161頁