ロシア語のアクセント移動:形容詞篇

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(記號の説明は名詞篇を參照してください。)

語幹と語尾の種類

 形容詞のアクセントは名詞に比べれば簡單です。形容詞の語形變化は長語尾、短語尾、比較級と最上級からなりますが、このうち長語尾はアクセントについて惱むまでもありません。見出し形が -ый, -ий で終はってゐれば語幹に、-ой で終はってゐれば語尾に全ての形のアクセントがあるからです。

 形容詞の語幹も名詞と同樣、アクセント上3種類に分けられます。

  1. 自らにアクセントを持つ語幹。

    • 例: краси!в 美しい
  2. 自分の直後にアクセントを置かうとする語幹。

    • 例: горяч\ 熱い, хорош\ よい, легък\ 輕い
  3. アクセントについて何も指定しない語幹。

    • 例: °лыс ハゲた, °синь 青い, °лют 兇暴

 語幹アクセントの長語尾は /ый, /ого, /ому... と自分の前にアクセントを置かうとする語尾であり、語尾アクセントの長語尾は о!й, о!го, о!му... と自らにアクセントを持つ語尾です。語幹 ! の語彙は語尾アクセントと結びつくことはなく、常に語幹アクセントです。

(これはトートロジーで、語幹アクセントの語尾と語尾アクセントの語尾は元々同じものであり、それが語によって語尾 / になったり語尾 ! になったりしてゐる―そして語幹 ! ならば早いもの勝ちルールで語幹アクセントになるので語尾も / の形を取ってゐるのですが、いずれにせよ見出し形からわかることなので考へる必要はありません。)

 短語尾、比較級、最上級の語尾は次の通りです。

男性 中性 女性 複數 比較級 最上級
°∅ °о а! °ы, ы! е!е е!йший
時々 /ы /е, /ше а!йший

 複數のところが不穩ですが追って説明します。原則は °ы です。

 最上級で а!йший を使ふのは語幹末が к, г, х の場合で、それぞれ ч, ж, ш への子音交替を伴ひます。アクセント上の振る舞ひは е!йший と同じです。

 これらの語尾に3種類の語幹が接續して以下の樣になります。

краси!в 美しい горяч\ 熱い °лыс ハゲ
基底 表層 基底 表層 基底 表層
краси!в/ый краси́вый горяч\/ий горя́чий °лыс/ый лы́сый
краси!в°∅ краси́в горяч\°∅ горя́ч °лыс°∅ лы́с
краси!в°о краси́во горяч\°о горячо́ °лыс°о лы́со
краси!ва! краси́ва горяч\а! горяча́ °лыса! лыса́
краси!в°ы краси́вы горяч\°и горячи́ °лыс°ы лы́сы
краси!ве!е краси́вее горяч\е!е горяче́е °лысе!е лысе́е
краси!ве!йший краси́вейший горяч\е!йший горяче́йший °лысе!йший лысе́йший

 語幹 ! は語幹固定アクセント、語幹 \ は語尾固定アクセントです。長語尾 горя́чий でははね返しルールが發動してゐます。長語尾の語尾が / であることからもわかる樣に、語幹 \ や語幹 ° の語幹アクセントは常に語尾の直前に來ます。それより前に長語尾のアクセントがある形容詞は語幹 ! です(бере!менн/ая 姙娠した)。短語尾 горя́ч では語幹に假アクセントが落ちてゐます。

 語幹 ° では短語尾女性と比較級・最上級が語尾で、あとは語幹アクセントになります。

 いまあげた3語はどれも -ый, -ий 形容詞なので、-ой 形容詞の例も見ておきませう。前述の樣に語幹 ! はありません。

больн\ 病氣の °развит 發達した
基底 表層 基底 表層
больн\о!й больно́й °развито!й развито́й
болен\°∅ бо́лен °развит°∅ ра́звит
больн\°о больно́ °развит°о ра́звито
больн\а! больна́ °развита! развита́
больн\°ы больны́ °развит°ы ра́звиты
больн\е!е больнее °развите!е развите́е
больн\е!йший больнейший °развите!йший развите́йший

 бо́лен では假アクセントが出沒母音を避けて語頭に來てゐます。短語尾男性の假アクセントは出沒母音を避ける語が一般的ですが、たまに例外もあります(у́мный, умён 賢い)。中性形 больно́ と副詞 бо́льно とても は別の單語です。

 比較級で -е, -ше を使ふものも擧げておきます。多くは語幹 ° です。

легък\ 輕い °дорог いとしい °стар 老いた
基底 表層 基底 表層 基底 表層
легк\/ий лёгкий °дорого!й дорого́й °стар/ый ста́рый
легок\°∅ лёгок °дорог°∅ до́рог °стар°∅ ста́р
легк\°о легко́ °дорог°о до́рого °стар°о ста́ро
легк\а! легка́ °дорога! дорога́ °стара! стара́
легк\°и легки́ °дорог°и до́роги °стар°ы ста́ры
легч\/е ле́гче °дорож/е доро́же °стар/ше ста́рше
легч\а!йший легча́йший °дорожа!йший дорожа́йший °старе!йший старе́йший

短語尾の搖れ

 短語尾には屬性が搖れるものがあり、記憶したものと異なるアクセントが出てきて面くらふことがありますが、以下は例外パターンと考へてよいものです。

①語幹 ° では複數形が °ы から ы! に交替することがあります。

醉拂ひ
基底 °пьян°∅ °пьян°о °пьяна! °пьян°ы または °пьяны!
表層 пья́н пья́но пьяна́ пья́ны または пьяны́

 пья́ны の樣な語幹アクセントの複數形は長語尾單數男性 пья́ный とほとんど同じに聞こえるといふ問題があり、пьяны́ と發音すればこれを回避できます。このためこの交替は近年盛んになりつつあり、そのうち標準形になる可能性もあります。

②語幹 \ では複數形が °ы から /ы に交替することがあります。

新鮮な
基底 свеж\°∅ свеж\°о свеж\а! свеж\°и または свеж\/и
表層 све́ж свежо́ свежа́ свежи́ または све́жи

語幹の搖れ

語幹 ° のうち使用頻度の低いものを中心とする半數程度は語幹 ! との搖れを持ちます。

短い °коротък коро!тък  
基底 表層 基底 表層
°коротк/ий коро́ткий коро!тк/ий коро́ткий
°короток°∅ ко́роток коро!ток°∅ коро́ток
°коротк°о ко́ротко коро!тк°о коро́тко
°коротка! коротка́ коро!тка! коро́тка
°коротк°и ко́ротки коро!тк°и коро́тки
°коротки! коротки́

 比較級・最上級は短語尾よりアクセントに關して保守的です。

 例へばかつて °взросьл であった взрослый 大人の は短語尾をあまり使はないこともあり固定アクセント взро!сьл に移行しつつありますが、比較級は взросле́е と基底が °взросле!е のままであることを示唆してゐます。

 бога́тый 金持ちの は固定アクセント бога!т ですが最上級は богате́йший < °богате!йший であり、かつては語幹 ° であったものと思はれます。

 同形の形容詞が意味でアクセントを使ひ分ける場合もあります。широ́кий 廣い, дли́нный 長い, коро́ткий 短い, у́зкий 狹い などはそのままの意味では語幹 ° ですが「廣すぎる、長すぎる、云々」の意味では語幹 \ (語尾固定アクセント)になります。мёртвый 「死んだ」の意味では °мертв, 「生氣のない」の意味では мертв\, の樣な例もあります。