口上
ロシア語學習者を惱ませるアクセント移動。やみくもに暗記するしか、あるいは慣れるしかないと思ってゐる人も多いと思ひます。暗記は結局必要なのですが、ここでは構造を説明することで暗記しなければならない部分を極力減らすことを目指します。
假アクセント
本論に入る前に重要概念である假アクセントについて。名詞類の格變化には語尾ゼロ(-∅, 何もつかない)があります。男性主格や複數生格などですね。語尾がないのでアクセントは當然語幹にありますが、これを「本當は語尾にアクセントがあるが、語尾ゼロなので假に語幹に來てゐる」と解釋すべき場合があります。
例として стол(机)をあげませう。この單語では語尾ゼロでない格すべてで語尾にアクセントがあります。
單數 | 複數 | |
主格 | сто́л | столы́ |
生格 | стола́ | столо́в |
與格 | столу́ | стола́м |
對格 | сто́л | столы́ |
造格 | столо́м | стола́ми |
前置格 | столе́ | стола́х |
「сто́л」といふ形をそのまま受取ると、この單語では「單數主格(と對格)は語幹アクセント、その他は語尾アクセント」と覺えなければなりません。
しかし、基底に「стол-∅´」という形があると考へると、「стол は全變化形で語尾アクセント」と簡潔に覺えることができます。あとは「語尾ゼロのとき語尾アクセントは發音できないので語幹に移動する」といふ一般規則を頭に入れておくだけです。
この語幹に移動したアクセントを假アクセントと謂ひます。假アクセントの概念を導入することで、アクセントパターンを大幅に簡素化することができます。
母音字の硬軟對應
硬 | а | ы | у | о | ∅ |
軟 | я | и | ю | е | ь |
ほとんど確認するまでもないと思ひますが念のため。本當は硬子音と軟子音が對應してゐるわけですが、キリル文字では母音字でこれを表記します。肝腎なのは о と е が對應關係にあるところです。э は語形變化がからむところには出てきません。ё は е の條件異音です(е にアクセントがあり、後ろに軟子音がない場合に ё になる†ことが多い†。)
語尾に母音がないときは何も書かないことで硬子音、ь を書くことで軟子音を表記します。
ついでですが、このサイトでは出沒母音を ъ, ь で表記することがあります。強い位置では о, е になり、弱い位置では脱落します。
困ったときの Wiktionary
紙の辭書には紙面の制約があるので主要變化形のアクセントしか載ってゐません。迷ったらロシア語版 Wiktionary (Викислова́рь)を引きませう。ロシア語の説明が讀めなくても檢索ボックスに單語を入れること位は簡單です。ほぼ全ての語で全變化形が丁寧にアクセントつきで載ってゐます。露露辭書に慣れる意味でもおすすめです。(英語版でもいいですが、ラテン轉寫があったりして變化表がコンパクトでないのでロシア語版の方が私の好みです。)
Wiktionary を開いて檢索ボックスをタップするのすら面倒といふ方のために、(といふか僅かな面倒も減らしてどんどん檢索できる樣に、)このサイトのトップページは簡易檢索畫面になってゐます。「wtru 檢索語」または「вс 檢索語」と入力するとロシア語版 Wiktionary の該當ページに飛びます。
各論目次
參考文獻
- 神山孝夫『ロシア語音聲概説 新裝版』研究社、2023年
- 神山孝夫『ロシア語アクセント研究』大阪外國語大學學術出版委員會、1990年
- Garde, Paul. Grammaire russe : Phonologie et morphologie. Tome 1er : Phonologie-Morphologie. Institut d’études slaves, 1980.[ポール・ギャルド(柳沢民雄譯)『ロシア語文法 音韻論と形態論』ひつじ書房、2017年]
- 和久利誓一編『ロシヤ語小辭典』大學書林、1964年 付録